(本記事は、萩原 京二氏の著書『
なぜ残業を減らしたのに、会社が儲かるのか?』クロスメディア・パブリッシングの中から一部を抜粋・編集しています)
「残業が多くても仕方がない」は本当か
残業に関する改めるべき認識
社員にとって「働きやすく働きがいのある職場」にするために労働時間の改善に取り組むにあたっては、労働時間に対する正しい理解が欠かせません。そこで、本章では経営者が陥りがちな「労働時間に関する誤解」について説明していきましょう。
まず、何よりも必要なことは、「残業」に対する正しい理解です。多くの経営者が「残業」に対して誤った認識をしています。
たとえば、次のような誤解はないでしょうか?
①頑張っている社員ほど残業をする
定時になるとほどなく退社する社員と、終業時間になったことにも気づかないように仕事を続ける社員がいると、頑張っているのは後者のほうで、前者は要領よく仕事をこなしているだけと誤解されがちです。その一方で、両者が取り組んでいる仕事内容や働きぶりを見落とすことが起こります。「労働時間が長いのは頑張っているからだ」という認識を根本から見直す必要があります。
②忙しいのなら残業をするのは当然
繁忙期になると仕事量が増えるため、就業時間内で終わらせることは難しいかもしれません。しかし、だからといって長時間労働を「仕方ないもの」「当然のこと」と容認してよい理由にはなりません。多忙だからこそ長時間労働を改善する方法を模索し、社員の健康管理に留意しなければならないという認識が、これからの人事施策には求められます。
③残業代を支払えば、いくら働かせても問題はない
通常の退社時刻に打刻した後も残業を続け、手当を払わない「サービス残業」は違法だが、超過勤務分をきちんと払っていれば胸を張っていられると考える経営者は多いかもしれません。しかし、労使で36協定を締結しているかどうか、または法が定める労働時間の上限を超えていないか、など、検討すべき点はあります。「残業代を支払っているから問題ない」は通用しないのです。
この①~③の3項目を読んだとき、「そんなの常識」「どこが悪いのかわからない」という認識を持つ経営者は少なくないでしょう。とくに、「モーレツ社員」が当たり前だった「昭和の時代」や「バブル時代」に第一線で活躍していたという経営者たちほど、その傾向は強いと言えます。
この時代の経営者にとって、「残業」は業績を上げるために必要不可欠なものでした。また、社員にとっても残業をすれば残業代がもらえて収入が増えるのでメリットがありました。いわばお互いに「win-win」であると信じ込んでいるのです。
しかも、こうした「考え方」は、職場に大きな影響を与えます。ワンマン経営者であれば、なおさらでしょう。
こうした経営トップの誤った認識が会社の常識となった職場は、不幸としか言えません。
多くの社員が不満を持つことはもちろん、会社に対して正当な権利を主張することさえも封じられてしまったら、組織はどんどん硬直化していきます。
すなわち、これらの問題は経営者や社員の「意識」あるいは企業としての「組織風土」の問題と言えるのです。
しかし、問題はそれだけではありません。次に3つ例を示すように、会社の「業績」や「業務」に関する誤解も見逃せません。
④残業時間を削減すると売上が減少する
社員1人あたりが1日でこなせる仕事量(生産量)が決まっている場合、または設備が不足している場合、業績を上げるには稼働時間を増やすしか方法がないという事態が起こります。2倍の売上を立てるには労働時間は倍にならざるを得ず、労働時間を改善すれば売上が減ってしまうという問題は、企業が成長する過程で必ず起こります。
しかし、新たに社員を雇う、設備を増やすなどの対策を講じるタイミングを先延ばしにして「仕方ない」と言い訳するには限界があることを認識しなければなりません。
⑤人手のいる業種だから労働時間の削減は無理
コンピューターや機械ではなく人間にしかできない業種はあることは確かですが、だからといって人が長時間働き続けていいという話ではありません。これも「仕方ない」と言って思考停止に陥るケースです。
⑥専門的な業種だから労働時間の削減は無理
専門的な技術や知識に裏づけられた仕事は確かに存在します。しかし、組織で仕事をする場合、「この人にしかできない」という「特別な仕事」を作ってしまうと、代わりの人がいないため、その人が辞めると会社の存続さえ危ぶまれる事態を引き起こしかねません。専門的な業種こそ、業務の標準化や多能工化を進めることで、企業としてのリスクヘッジにつながります。
先に紹介したものとは異なり、この3つの認識の裏には、「仕事のやり方に対する固定観念」や「業務に関する思い込み」があります。
たとえば注文が殺到して現場がフル稼働しなければ納期に間に合わせることができないこうした経営トップの誤った認識が会社の常識となった職場は、不幸としか言えません。という場合、管理側が残業で乗り越えるしかないという意識でいると、長時間労働が常態化するのはあっという間です。「忙しいから」「専門分野だから」といった場合、残業以外に方法がないと思い込んではいないでしょうか。だとすると、社員の労働時間が過労死ラインを超えるのも時間の問題といわなければなりません。残業以外の改善方法があるはずなのに、思考停止状態に陥ってしまう、それは「業務改善の問題」です。
企業で働いているのであれば、残業するのは当然だと多くの経営者は考えがちです。しかし、その背景には「職場風土・意識の改革」と「業務改善」という2つの問題が横たわっているのです。したがって、労働時間の改善に取り組むにあたっては、まずは残業が多い理由を分析して、この「2つの視点」からアプローチをする必要があります。
労働時間を改善する前に、まずは残業が多い理由を整理してみること、その上で「職場風土・意識の改革」と「業務改善」の両面からアプローチし、それぞれの方法を探っていくことが必要なのです。
やっていい残業、やってはいけない残業がある
管理者に必要な「見極める力」
「残業はするのが当然。そうでないと仕事が回らない」と考える経営者に2つの問題があることをあえて指摘したのは、これに気づかないまま「長時間労働の是正」に取り組むと、新たな問題が浮上することになってしまうからです。
たとえば労働時間の改善に有効な「残業の申請制」を導入したとしても、管理者が「忙しいから残業するのは当たり前」だと思い込んでいたら機械的に許可を与え、結果として残業し放題の状況になってしまいかねません。
まずは「職場風土・意識の改革の問題」と「業務改善の問題」をクリアすること。その上で「必要な=やっていい残業」と「不要な=やってはいけない残業」の区別をしっかりとつけ、やっていい残業には申請に許可を与えるが、やってはいけない残業には許可を与えず定時で帰らせるなど、管理者が「残業の質」を見極める力をつけることが重要になってきます。
「必要な残業」の判断基準
では「やっていい残業・やってはいけない残業」はどう見極めるべきでしょうか。
残業を認めるかどうかは、その残業が成果を生み出すもの、すなわち「主体業務であるかどうか」を基準にしなければなりません。
たとえば、大量に受注した際にはラインを稼働させ、納品すれば売上が上がる、というケースでの残業は認める。しかし、そうでないもの、たとえば伝票整理や経費精算など、必ずしも今日中に仕上げなくてもよい仕事、すなわち付帯業務には残業を認めないということです。
このような判断を担当者ではなく管理者が行うことで、正しく労働時間の管理ができるだけでなく、生産性の向上につなげることができるのです。
萩原 京二(はぎわら・きょうじ)
労働時間MBOコンサルタント協会代表。株式会社全就連代表取締役。社会保険労務士法人全就連代表社員。1998年社会保険労務士として開業。社員数300~1000人規模の中堅企業のコンサルティングを専門とする。2017年より「労働時間の改善」に関する研究を開始し、「労働時間MBO制度」「労働時間マネジメント評価制度」など独自のコンサルティング手法を考案。「労働時間MBOコンサルタント養成講座」を開催して、そのノウハウを全国の社会保険労務士に提供している。2018年、「労働時間MBOコンサルタント協会」を設立して代表に就任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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